【川上貴裕】教師としての、資質、能力、センスなどが、にじみ出てしまう語り、「いやぁ、この人は、良い教師になりそうだ!」と感じてもらえる語りをしていきたいものですね!

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教採塾の川上です。

 

 

名探偵コナンの毛利小五郎、あるいは、24のジャック・バウアーの吹き替え声優としておなじみの、小山力也氏をご存知の方は、数多くいらっしゃることと思います。

同氏が、ラジオにご出演の際、恋愛における、表現と表出の違いを述べていらっしゃいました。

素敵な声と、素晴らしい視点での語りに、しばらく聞き惚れていたのですが、聞いているうちに、「教採にも通じるところがあるよなぁ。」と、しばし、考えていました。

そういえば、河野もよく、「恋愛と教採は共通点が多い!」と述べていますからね(笑)

 

そもそも、表現と表出の違いは、何でしょうか。

 

私としては、

 

表現:直接的に、目的意識をもって、言葉や態度に表れる状態。

表出:間接的。意識しない感情・思想などが、にじみ出る状態。

 

だと考えます。

 

いつしかの、私のブログでも、

どれだけの美女(or 男前)でも、自ら「私、美人だから(or イケメンだから)。」と、語ってしまったら、その瞬間から、「嫌な奴!ナルシスト!」と感じられてしまいますよ!

という例を、何度か挙げていますが、定義に基づいて考えると、このセリフは、表現に当たりますよね。

 

本来は、見た目、エスコート、しぐさ、立ち居振る舞いなどが、表出状態であるからこそ(自分で言わないからこそ)、「美しいな。」、「できる人だな。」、「スマートだな。」と、感じるわけです。

つまり、事実や、正しいことでも、直接的な表現は、場合によっては、煙たがられたり、反感を買われたり、逆に疑わしく思われたり、妙にゴマすっているなと感じられたり、「自分で言うな!」と思われたりすることも、あるということです。

 

教採においても、同じことが言えます。

もちろん、教採の場合は、言葉で語る以上は、全てが、『表現』にまとめられはします。

ただ、中でも、「なんだこいつ。」と、感じられる表現というものは、多くの場合、教師の一方的な価値観・指導の押し付けを感じさせる語りや、ダラダラと過去の事実を時系列に語るような場合、かっこつけて、響きの良い言葉を並べただけの陳腐な語り、などが挙げられます。

 

しかし、そうかといって、

 

「直接的な表現を避けて、ぼかして言えばいい。」

「勝手に、採用側が感じてくれるから、説明は不要だ。」

「アピールしない方が、効果的だ。」

 

などと、くれぐれも、誤解の無いように。

 

言葉の説得力というものは、大前提です。

その上で、の話です。

 

言うなれば、教採において、同じ『表現』に部類されるものであっても、絶妙なニュアンスの違いとして、「できます!」、「します!」、「させてきました!」などの、直接的な表現を用いたアピールよりも、言葉の端々、表情、見た目などの、『表出』されるものから、教師としての資質、能力、センス、受け持つ子供の成長などが、イメージできたり、見て取れたりする方が、断然、「この人いいな。」、「安心して任せられるな。」、「この先生のクラスは、幸せ者だな。」、「部下として持ちたいな。」、「合格させたいな。」と、感じてもらえる、ということです。

 

(教採塾の受講生もそうですが、特に、オンライン校の受講生は、毎週、他の多くの受講生の語りを閲覧しているため、表現による語り、表出による語りの違いが、よく分かると思います。)

なかなか、このニュアンスの微妙な違いを語ると、キリが無いので、今回はこの辺で(笑)

受講生の方には、また、講座内で、改めて、お話することもあろうかと思いますので、お楽しみに。

 

要は、

 

教師としての、資質、能力、センスなどが、にじみ出てしまう語り、「いやぁ、この人は、良い教師になりそうだ!」、「こういう人を待っていたんだよ!」、「明るいねぇ!」などと、感じてもらえる語りをしていきたいものですね!

 

という、お話でした!(笑)

 

では、また木曜日に!

 

 

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川上貴裕

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