それは、多くの人が、教採受験のためだけに、意味も理解せずに、ただ用語や人名を丸暗記することに徹しているということです。
理解しながら、納得しながら、学習を進めて、その結果、記憶に残るという方法を最初から放棄して、ただただ丸暗記に徹している人が多いのです。
いわゆるダメな受験生なのです。
こんな勉強をしていると、丸暗記は長続きせず、また、暗記したことが相互にリンクして知識の体系を作っていないので、自分が慣れ親しんだ出題形式でなければ、問題に正解できなくなってしまいます。
覚えているのに、「それは、そもそもどういう意味なの?」と聞くと、答えられません。
例えば、特別支援教育に関する用語はたくさん丸暗記しているのに、私が、「そもそも特別支援教育とはどういう教育なの? 特別支援教育の目的は?」と聞くと、ほとんど答えられないのです。
私は、こういう勉強法しかできない人が、教師になることを悲しく思っています。
自分だけ「背に腹は変えれれない」と、丸暗記の勉強をして、教師になったら、子どもたちに「受験」ではない、考える学び、発見する学びを指導できると思っているのでしょうか?
受験が終わったらすべて忘れてしまうような空虚な勉強をして、試験にだけ何とか通ったら、あとは教師としてなんとかなると思っているのでしょうか?
私は、日本の教育の矛盾の一つは、教師が教師になるときに、単なる従来型の受験者になり下がってしまうからだと危惧しています。
受験者になり下がることの最大の弊害は、教師志望者自信が学び方を知らない、勉強の仕方を知らないということなのです。
目の前に試験があれば、丸暗記することしかできない、古いタイプの受験勉強しかできないのです。
広島教採塾では、理解型の記憶、そして、演習型の記憶を、徹底しています。
理解なくして、記憶なし。
演習なくして、記憶なし。
これを徹底しています。
ただ、これを徹底するには、ものすごい準備と方略が必要です。
広島教採塾の3時間の講座の準備には、通常、20時間程度、かかります。
もちろん、私一人だけで準備するのではなく、アシスタントにもたくさん手伝ってもらいますが、それでも、すべての教材のプロデュースと、講座での語り(提示)は、私がやります。
単純な暗記は、ほぼ無意味です。
すぐに忘れるからです。
何にも応用できないからです。
不毛な知識、無駄な学びです。
理解して、演習して、学んだことは、教師になってからも活かせます。
教師になってからも使えます。
私の筆記試験対策の講座で学んだことを活用しながら、教壇に立っている教え子は、何百人もいます。
すぐに忘れることが分かっていることを学ぶ人、教える人は、教育者とは言えません。
それでも、試験がそこにあり、受験して、合格しなければならないから、背に腹は変えられない、という人もいるでしょう。
でも、不法な知識と、無駄な学びでは、教採には合格できません。
仮に合格しても、教師になってからが、大変です。
教師になってからが大変なんてどうでもいい、まずは、受かること、と本気で思っているのなら、そんな人に教えてもらう子どもたちが気の毒です。
口では、子どもが大好き、子どもの個性を尊重して、などと言っている人が、自分の学びは、とりあえずの丸暗記しかできないのですから。
子どもが好きで、子どもの個性を尊重して、子どもに考えさせる授業をしたいのなら、教師を目指すあなた自身が、自信を持って、誇れる学び方をしていただきたいと思っています。
そして、それが、教採合格への近道なのですから。
私は、とりあえず合格すればいいんだ、だから丸暗記でもいいんだ、と言っている人を見ると、この人、どうせ合格しないのになあ、と悲しくなってしまいます。
万が一、合格しても、ダメダメな教師になって、子どもがかわいそうだなあと悲しくなってしまいます。
だから、広島教採塾の講座では、理解型の記憶、演習型の記憶、納得した上で学ぶ、ということを徹底的に大切にしています。
そして、丸暗記型で勉強した人は、理解型・演習型で学んだ人には、叶いません。
受験でも差がつきますし、教師になってからは、もっと差がつきます。
筆記試験の勉強を楽しく、有意義に、しかも、教採合格にも直結し、教師になってからも使えるようにやってみてください。
そうすれば、教採にも合格し、優れた教師にもなれますよ!!
「受験生になり下がらないこと」が何より大切ですよ!!
では、また明日!!
広島教採塾
河野正夫
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