【川上貴裕】ゆとりをもって、優雅に、品格をもって、生きていきたいものですね。

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教採塾の川上です。

 

 

 

昨今、SNSが大きく発達したこともあって、誰でも自由に発言・主張できる環境が身近なものとなりました。

しかし、その手軽さの一方で、他者非難も多く見受けられるようになりました。

皆さんが多く目にするものは、個人的な意向の押し付けだったり、主観的・感情的な悪口、不平不満ばかりではないでしょうか。

 

昨日の、河野の情報発信にも記載がありましたが、ゆとり、知識、教養、能力、適性、資質がない人に限って、何かしらの悪口、不平不満を述べています。

これらの者が、そもそも同じ立ち位置で、会話や議論の中に入る資格が無いということを、自覚すべきですよね。

入る資格が無い、というのは、例えば、知識が無い者に限って、知識をあしらったり、情の部分を訴えたり、知識がある人間を攻撃したりしますよね。

また、若干、指向は違いますが、顕著なものとして、芸能人のSNSに「もっとこうした方がいい。」、「自分はこう思うから、やめた方がいい。」というコメントを残す人もいますよね。

 

もちろん、表現や思想の自由もありますので、禁止することはできませんが、そもそも同じ立ち位置にいない一般人が、どうのこうの言うことではありません。

嫌なら、見なければいい、フォローを外せばいいだけのことです。

この手の人というのは、もはや、誰にも構ってもらえなくなっている、相手にされなくなっているということを知るべきですね。

 

また、悪口、不平不満を言う人は、必ずと言っていいほど、名乗ることをしません。

圧倒的に、匿名やハンドルネームなどが多いです。

海外では、自己主張をする場合、本名でなければ、発言自体、信用してもらえません。

匿名・名乗らない人間は、結局のところ、自分が攻撃されることは善しとせず、恐れるのですよね。

行為と相反していて、実に愚かしいことです。

 

さて、上記に関連して。

いつから、こんなにも多くの『構ってちゃん』が増えたのだろうと、不思議でなりません。

もちろん、個人的な感覚ですので、昔からいるのかもしれませんが(笑)

ここで述べる、構ってちゃんというのは、自己承認、つまり、自分のことを認めてほしい人たちのことを指します。

 

特に、食事・お酒の席であれば、すぐに判別がつきますよね。

目の前にいる同僚や友人に向かって話すだけなのに、周りにも聞こえるくらいの大きな声で叫んだり、下品な笑い方と共に手を叩いたり、常に話の中心にいたいのか、自分のことばかり話したり、他人をこけ落とす発言・説教臭いことばかり話していたり、同じ格好(スーツや髪型)であることに安心感を覚えて群れていたり・・・

本当に、見聞きしてて不愉快ですよね。

話す内容も態度も、実にくだらないので、「よくそんなことが公の場で話せるなぁ。自分は愚かな人間だ、ということを、公表しているようなものなのに・・・」と、聞いているこちらが恥ずかしくなるくらいです(笑)

他人の悪口、不平不満を述べることでしか、自分の存在意義を持ち上げることができないのでしょう。

 

本当に、河野も情報発信で述べている通り、ゆとりをもって、優雅に、品格をもって、生きていきたいものですね。

 

 

では、また来週!

 

 

教採塾

川上貴裕

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