【川上貴裕】何を材料に選んだかで,7割が決まる!
- By: Kyousaijuku
- カテゴリー: 教育論
教採塾の川上です。
料理においても、新鮮ないい材料が手に入れば、例え多少、未熟な腕の料理人でも、味の7割方は確保されるものです。
同様に、人に教えるという技術の巧拙も、どの材料を使うかによって決まります。
しかし、それだけでは、面白い授業・発問はできません。
どんな教材を用いたら、子供たちが興味を持ち、よく考えてくれるかということを考えないといけません。
つまり、その刺激となる材料のネタ探しをすることが、実のところ教える人の大切な仕事となってきます。
ネタを探し、材料が決まれば、何をどう教えるかという部分は、おおよそ、自然に見えてきます。
料理と同じく、その質を決定する多くは素材であって、調理法は2の次となります。
ネタというのは、誰もが必ず食いつくものでなくてはなりません。
条件としては、3つ。
① 視覚に訴えるもの。
実物を見せる、感じさせるインパクトは、何よりも強いものです。
現物でなくても、絵や図、映像等を提示して想像力を刺激する方法が効果的であることも、皆さんは身をもってご存知のはずです。
② 一部を隠したり、欠陥をあえて見せるような「仕掛け」があるもの。
大事なことほど教えず、あるいは、気付きやすい欠陥をあえて設けておきます。
あえて隠したり、欠陥を見せたりする方が、その部分に子供たちが気付き、切り込んできます。
彼らは一生懸命考えていますが、実のところ、ペースの主導は自分にあって、相手を引き込んでいるのです。
③ 身近なもの。
身近なものというのは、そのネタの中に、「自分たちがいる」ことが重要です。
自分たちが求めているものが、材料の中に見い出せれば、そのネタを面白く感じ、熱中してくれます。
例えば、食べ物は格好の材料です。食べることに興味がない人はまずいません。
ネタと言うのは、イコール教材、ということではありませんが、普通に考えていたのでは材料になりそうもないものが格好のネタになることはよくあります。
それだけに、教師はそれを見い出す力が必要になってきます。
「ペリーの黒船が来航した時に、幕府は大名たちに開国すべきかどうかを尋ねた。」
さて、この1行足らずの文章に「!?」を感じなくては、教材は教材のまま眠ってしまうことになります。
せっかくのいいネタを、みすみす見逃してしまうことになります。
材料を探す、見い出す力と言うのは、何度もブログで申し上げているように、知識と教養がなければ、到底敵いません。
ものを考える時、精査する時に、事前の予備知識や教養をもって見るのと、そうでないのでは、そのものへの理解力は歴然と異なってきます。
じっくり材料を見い出す・精査する時間や手間は必ず必要です。
良いネタは、時間をかけて生み出していくものです。
ちょちょっと考えたくらいのネタで、授業や発問をしては、子供たちの思考を広げ、深めることはできません。
自己満足だけのネタで、子供が食いつかなければそれは、適した材料とは言えません。
時には、無駄足、空振りがあって当然です。
でも、その過程を通ることなくして、良い材料は見い出せ(生まれ)ません。
そういった過程をすべて通って身につく知識や教養が、ものを見る目、見分ける目を確かなものにしてくれます。
「百聞は一見に如かず。」という言葉がありますが、「百聞が一見を生かす。」と言えるのではないでしょうか。
つまり、予備知識や問題意識があって、はじめて現場での一見が生きてくる。
逆に言えば、
知識や教養不足=見る目や見分ける目の不足
となるのです。
私たちの思考力や理解力は、知る&見るの両輪によって深まっていきます。
タイトルとは、大きく結論が逸れたようにも思いますが(笑)、いい材料を選んで、子供たちの思考を広げ、深めていくために、材料を探す、見い出す力を磨いていってくださいね!
では、また7の付く日に!
教採塾
川上貴裕