【川上貴裕】『教室の危機―学校教育の全面的再検討(原題:Crisis in the Classroom)』をアグレッシブに読み,アグレッシブに語る!

教育論

【2019年6月から,川上が執筆するブログ記事は,火曜日としますね!】

 

教採塾の川上です。

 

 

昨今の学校教育は、教師の新しい試みを拒絶し続けています。

ICT推進だの、子供を主体的に学ばせようだの言いつつも、結局は、「他のクラスや、先輩教師の指導方法に合わせろ。」、「ICTなんて、情報流出や、よからぬものまで出してしまうから、やめておけ。」などと、くだらないことを言い続ける教師がいます。

自分が、教育のICT化についていけないがゆえに、新たな試みを拒否し続けています。

 

一方で、混沌の中で出口を模索しようとする教師も、何が現代の教育の新しい試みなのか、方向性を見いだせないでいます。

ICTの推進と言いつつも、結局は、パソコン・インターネットが普及していなかった時代に手書きでやっていたものを、置き換えただけに過ぎないのです。

 

教師の中に、イノベーターと呼べる存在は、ほぼ皆無です。

「教師自身がアクティブ・ラーナー」であれと、謳われているにも関わらず、学校教育は、昭和40年頃から、ずっと保守的で、著しい進歩がありません。

 

未だに、手書き記入が良しとされていたり、年功序列的な指導、愚かな校則、若手がどんな素晴らしいことを述べても、「若造だから」と信用してもらえなかったり、ICTを購入しても、使える環境・教師がいなかったり、生産性のない長時間の部活が良しとされていたりと、サッと思い浮かぶものを挙げるだけでも、キリがありません。

 

その意味では、方法を常に模索し続け、実践している、熱意ある若手教員の各SNSでの情報発信は、『教師の資質』の原点とも言えるでしょう。

しかし、熱意ある若手教員、あるいは、学級崩壊寸前で、新しい試みを模索しつつ、手探りでやっている教師の中には、決定的な落とし穴に気付けない人が多くいるのも、また現実です。

 

1970年出版、チャールズ・シルバーマンが、3年半かけておこなった、教育についての研究成果をまとめた『教室の危機―学校教育の全面的再検討(原題:Crisis in the Classroom)』(上・下巻)があります。

大規模かつ、徹底的な研究と考察による、完璧とまで言えるこの書籍は、ニューヨーク・タイムズの年間ベスト12の一冊にも選ばれた、古典的名著です。

古典的名著と言っても、当時考えられていた体制や思考、危機感といったものは、現在の教育でも、未だ多く当てはまっています。

 

特に、この書籍の、第2部で述べられる学校の4つの性格については、今現在の学校教育も、なんら変わっていません。

 

4つの性格というのは、

 

(1)強いられる

(2)長期間行かなければならない

(3)集団的経験

(4)常に何かが評価されている

 

です。

 

以上の4つの性格が学校にあるから、「子供にとって、楽しい場所になっていない。」、「これで、子供が楽しい・行きたいと思う学校になれると思うか。」というものです。

 

非情に辛辣な言葉をあえて選ぶと、SNSで常に取り組みを発信している”意識高い系”の熱意ある教員のうち、学校の4つの性格を考えた上で、実践している人がどれだけいるのだろうか、ということです。

もっと言うと、このシルバーマンの名著すら、読んでいない教員・講師が多かろうと思います。

読んでいない人からすれば、「だって、50年も前の古い教育観でしょ。」という意見も出ることと思います。

ただ、古い・新しい関係なく、体系的に・俯瞰的に変遷を捉えずして、教育を考えたり、革新したりすることはできません。

 

50年も前から、「学校教育の、この4つの性格を変えなければいけない。」と、シルバーマンが言っているにも関わらず、未だに、昭和40年頃の教育と、今の教育が変わらないのは、ここに起因するものも、一理あるのだろうと感じます。

 

また、色々な実践を挙げている割には、子供に”させている”だけのものも、多く存在しています。

しかも、最終的な子供の評価は、関心・意欲・態度で評価しているのです(成績に反映する・しないを除いたとしても、教師が子供を見るものさしとして)。

全てにおいて、子供たちは、”強いられて”いるのです。

 

「学校は社会の縮図だ。」と述べる人もいますが、全く違います。

同じ年齢の子供が、同じ空間で、同じことを、同じ時間に、同じ期間でするというのは、本来、社会では不自然です。

かつ、「全員が全員、興味をもってやってくれる。」と、教師が期待することすら、理性的ではありません。

「過度な取り組みの裏には、信頼の欠如も介在している。」と、シルバーマンも述べています。

子供たちを、静かにさせたいから、座っていさせたいから・・・

結局、教師がうまく学級をコントロールしたいがための取り組みでは?と、感じることも、ままあります。

 

児童・生徒が、学習環境が、地域性が、教師の能力が、学校が違えば、すべての取り組みは、ケースバイケースです。

その教師が、その実践で成功したからと言って、他の教師が、同じように成功するとは限りません。

 

もちろん、そこからヒントをもらい、応用していくのはよかろうと思います。

ただ、やはり、どれだけ応用しようとも、上記の4つの性格を踏まえずにおこなうその実践は、ただただ、教師が子供をコントロールするための道具に過ぎないのです。

 

何度も言いますが、熱意ある取り組みというのは、教師に必要な資質の原点として、必要なものです。

教育の発展や革新、また、令和の子供を教育する教師の一人として、この4つの性格を理解した上で、念頭に置いた上で、実践に励んでほしいと思います。

 

今日はかなり、アグレッシブな内容でしたかね(笑)

 

では、また来週!

 

 

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