教採合格の本質と、教採講座の在り方について。合格を確実にするとは?

教採塾の新企画

河野正夫は、5月31日まで、お誕生日休暇をいただき、最高にリフレッシュして、本日(6月1日)、復活しました!

 

 

この休暇の間に、多くを考え、多くを感じ、皆さんの教採合格のために、最高の講座を展開していく多くのヒントを得ました。

 

最も、深く考え、感じたことは、

 

いわゆる従来型の旧態依然とした講座では、教員採用試験に本気で合格したい人を合格させる力はない。

 

ということです。

 

まず、重要な3つの命題を、端的かつ明確に示しておきたいと思います。

 

命題(1)

相対的な実力(学力)の差がある集団を、そのまま平行移動的に、高次の実力(学力)に移動させても、相対的に実力(学力)が高い人が合格し、相対的に実力(学力)が低い人が不合格になる。

 

命題(2)

学習者(受験者)に主体的かつ効果的に学習を促すための教授には、知識・技術の効率的な習得と併せて、個人に適した学び方の戦略の伝授が必要である。

 

命題(3)

学習者(受験者)の意志と意欲にかかわらず、合理的予測において、合格が不可能だと十分に予想可能な場合には、なぜ合格が不可能かの理性的・知性的な説明がなされなければならない。

 

これらの命題について、順番に説明していきましょう。

 

まずは、命題(1)です。

教採受験者でいわゆる教採対策講座を受講する前の受験者集団を考えてみます。この集団はある程度、相対的に実力(学力)に差があります。

例えば、100点満点のスケールで表わすと、教採講座の受講前に80点くらい実力(学力)の人もいれば、70点くらいの人、60点くらいの人、あるいは、40点くらいの人もいるでしょう。

これは、いわゆる筆記試験の学力だけではなく、面接等の語りの実力も同様です。

そして、教採対策の講座を受講して、もし、全員が15%ずつ、実力(学力)が上昇するとすれば、

 

80点→95点

70点→85点

60点→75点

40点→55点

 

とそれぞれ、実力(学力)自体は上昇しますが、相対的な学力差(順位)は、変わりません。

仮にすべての人が、同様な教採対策講座を受講したとすれば、受講前の順位と受講後の順位は不変なので、教採対策講座の受講にはかかわりなく、合格者と不合格者に変化はないことになります。

 

しかし、これは、実力(学力)向上の正しい姿を反映しているわけではありません。一般に、もともとの実力(学力)が低い人ほど、より大きな学力向上の伸びしろが期待できます。例えば次のような感じです。

 

80%→90%(10%増)

70%→85%(15%増)

60%→80%(20%増)

40%→70%(30%増)

 

実際にそれぞれの元々の得点域でどのくらいの実力(学力)増が見込まれるかは、さらなる測定と検証が必要ですが、仮に、上記のような感じだとすれば、実力(学力)の向上後の差は小さくなっていますが、相対的な順位そのものは変わっていません。

 

全ての教採対策講座が、上記のような実力(学力)向上の効果しかもたらしていないというつもりは全くありません。

 

しかし、講座を受講すれば、実力(学力)が向上することが事実であったとしても、その効果が、相対的な順位を変更しない範囲で、全ての受講生に及ぶのであれば、講座の受講の有無が、受講生間の相対的な位置関係を変更しないということは注目に値します。

 

俗っぽい表現で言い換えます。

 

学力のお茶目な人は、講座を取ることで、学力は飛躍的に伸びる可能性があります。

もともと学力が高い人は、講座を取ることで、学力をもう少し伸ばす可能性があります。

でも、受講後の順位は、依然として、もともと学力が高い人が上位に立っているはずです。

 

このように考えてくると、講座受講前のもともとの受講者の相対的な順位をリセットし、講座受講後に、いわゆる「下剋上」の順位関係を実現するためには、それなりの教授戦略、講座戦略が必要だということがわかります。

 

次に、命題(2)を考えます。

多くの教採対策講座は、集団講座です。数十名から百数十名くらい受講生がいることが通常です。

集団講座は、その定義からして、同じ内容を同時に多数の受講生に講義したり、一定のグループ演習等を設けます。

最高なのは、全ての受講生に対して、個人レッスンかもしれませんが、全数十時間以上にも及ぶ、すべての講座内容を個人レッスンで行うには、受講生のコストから言っても、主催者側のリソースから言っても、通常は不可能です。

 

旧態依然とした講座なら、講師が何時間かテキストや講座資料について語るだけで、あとは、若干の問題演習だけです。

そして、挙句の果てに、自分に最適な勉強方法は自分で見つけなさい!という無責任な放置を行うのが常です。

そういう講座では、講師は、各講義で、重要事項やポイントを説明し、それが試験に出るから、覚えておきなさい!という形の講義を行います。

なぜ重要なのかの理由の説明の大半は、試験に出るからとなります。

膨大な重要事項やポイントを毎回、取り上げ、試験に出るから覚えろを乱発します。

それらの重要事項やポイントが試験に出る可能性が高いことは事実であっても、それらの膨大な量の重要事項やポイントをどのように理解し、記憶するのかの戦略は、ほぼ語られることはありません。

試験に出るから覚えろ!の一本やりとなります。

 

そうなると、記憶力の良い人が得をします。

試験本番まで覚えていて、あとはすべて忘れてもいいから、筆記試験の当日まで記憶が持続する人が有利になります。

概ね、もともと学力が高い人がこういう記憶力を示しますから、先に見た、受講生間の相対的順位は変わりません。

 

もともとの講座受講前の相対的学力差をリセットし、講座受講後のいわゆる「下剋上」の順位移動を可能にするためには、受講生各人が意欲を持って、理解しながら、記憶していくための教授戦略・講座戦略が必要となってきます。

自分に最適な学習方法は自分で見つけろ!ではダメなのです。

それぞれの受講生が自分に最適な学習方法を見つけることができるような集団講座でなければなりません。

 

多くの場合、教採対策の講座であっても、講義は、旧態依然としています。

最も典型的な旧態依然な点は、講義自体が面白くない、講師の話自体が面白くないという点です。

教育原理の講義で、「児童生徒の興味関心を引き出す授業が大切!」と述べる講師の講義がなんの面白みがないのでは、話になりません。

また、面接の講義で、偉そうなことを言っている講師の話し方がダメダメでなことがあります。

さらに、受講生の語りはさんざん貶す一方で、受講生から、では、どう語ればいいのですか?と聞かれると、「それは自分で考えなさい」という卑怯極まりないことしか言えない講師は、最悪最低としか言いようがありません。

 

旧態依然とした講座の唯一の任務は受講生を集めることです。

そして、ありきたりの講義をして、ちょっと演習をして、講座をやったアリバイをつくることです。

このやり方でも、学力(実力)は、伸びると言えば伸びますが、最初に述べたように、受講生間の相対的順位を変える力はありません。

 

講座や講師の最大の責任は、講座戦略や講師戦略を持つことです。受験者だけに合格戦略を強要してもダメです。受験者の合格戦略を引き出すためにも、講座主催者側の、講座戦略や講師戦略が重要です

 

その戦略とは、

 

1.もともと学力差・実力差がある受講生間の状況をいかにしてリセットするか。

2.もともとの学力差・実力差があるそれぞれの個別の受講生が最大限に学び習得するためには、どのような方略があるか。

3.膨大な重要事項やポイントを、既にある学力差・実力差にかかわらず、多くの受講生に修得してもらうためには、どのような方法があるか。

4.そして、なにより、受講生を集めて、集団講座をすればいいという旧態依然とした講座モデルをどのように変革していくかの新しいモデルがあるか。

 

というものです。

 

教採対策講座の多くは、所詮は「寺子屋」のレベルを脱していないことが多いものです。

とりあえずは、受講生を集めて、何かを教えればいいという発想から抜け出していません。

偉そうなことは言うけれど、核心のところは、「自分で考えなさい」となります。

こうやれば、絶対に合格するという実現可能なアイデアを示すことができません。

せいぜい、これらを全部覚えれば大丈夫!というだけで、そもそもどうすれば、それらを全部覚えることが現実的に可能なのかの具体的なアドバイスはありません。

 

合格への必要条件や十分条件を語ることは簡単です。

でも、合格への必要条件や十分条件を、どうやって満たしていくかを語ることは戦略ある有能な講座や講師にしかできないことです。

 

最後に、命題(3)です。

これは、ちょっと残酷です。

 

ピアノが弾けない人はピアニストにはなれません。

スポーツが全然ダメな人は野球選手にはなれません。

歌が全く歌えない人は歌手にはなれません。

 

教えることができない人は、教師にはなれません。

 

これは、絶対的な真実です。

 

教師になることを夢として、それを目指すことは尊いことです。

夢を叶える方法はあるはずです。

でも、教えることが根本的にできない人は、教師にはなれません。

 

教えることとは、何でしょうか?

たくさんあると思いますが、少なくとも、私は、次の2つは満たす必要があると考えています。

 

1.教えるに十分な知識と教養がある。

2.教えるに十分な語りの力と聞き手を引き込む話術と表情がある。

 

上記の2つともがなければ、教師にはなれません。

なれないものはなれないのです。

 

もちろん、現在はなくても、これから上記の2つを習得することができれば、教師になれます。

習得の意志と意欲と方法論を持っていることが重要です。

 

教採対策の講座も、このことを自覚する必要があると思っています。

つまり、教師になれそうにない人をそのまま集団講座で指導しても、結局は教採では不合格になります。

教師になるために最低限必要な知識と教養を習得する戦略を伝授する必要があります。

教師になるために最低限必要な語りの力を伝授する必要があります。

伝授しても、知識も教養も語りの力も修得できない場合は、教師にはなれそうにないと告げる必要がありそうです。

 

今日のブログ記事で書いたことは、決して、他の教採対策講座を批判するためでも、貶めるためでもありません。

今日のブログ記事は、私(河野正夫)が主催する、教採塾の在り方を問い直し、教採塾の原点に回帰するために書きました。

 

教採塾は、そもそも、「ゲーム・チェンジャー」として誕生しました。

ゲーム・チェンジャーとは、既存の状態をぶち壊し、それこそ「下剋上」の教採合格を勝ち取る仕組みということです。

旧態依然とした講座を廃し、新しい形の夢のある教採対策講座になるべく、教採塾は生まれました。

 

教採塾は、学びを苦行としません。

教採塾は、一人一人が教採に合格するための個別の戦略を伝授します。

教採塾は、すべての講師が、面白く、楽しく、興味深く、憧れの対象となる講義・レッスンを展開します。

教採塾は、受講生を集めることだけに汲々としません。

教採塾は、学びの戦略を学習者自身に丸投げせず、講座としての戦略で、学習者それぞれの合格戦略を立案していきます。

 

誕生したときから教採塾は、上記のような信条を持ち続けていました。

 

でも、長い年月が経ち、日本全国でも有名になり、それなりに多くの方に受講していただくようになり、教採塾も、もしかすると、普通の「予備校化」の傾向が出てきつつあったのかもしれないと反省しています。

 

教採塾は、普通の予備校になるつもりは全くありません。

旧態依然とした講座をするつもりもありません。

 

教採塾は常に「ゲーム・チェンジャー」でありたいと願っています。

 

このことを確信し、今日から、再び、教採塾は、「ゲーム・チェンジャー」であることに徹します。

 

教採塾は、学びを変え、教採を変え、教育を変えます!!

 

明日から、矢継ぎ早に、ものすごく素敵な講座の改革と合格への戦略を皆さんに提案していきます。

皆さんがびっくりするような提案をたくさんしていきます。

 

明日から、いえ、今日からの教採塾に大いにご期待ください!!

 

 

では、また明日!!

 

 

教採塾

河野正夫

 

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